風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(4年目その226)

『危急への対処行動とは本能ではあるが、それだけでは充分に機能しない場合も多い』


 せかーいでいちーばんおーひーめーさーまっ♪(挨拶@ワールドイズマイン(ニコ動)


 曇り一時雨。相変わらず朝夕は寒く、日中もあまり気温が上がらない。しかし明日からは平年並みの気温に戻るようだ。
 今日は痛くて、血を見た話。苦手な人は回避行動よろしく。
 今日見かけた事件でブランコから落ちた小学生が、戻ってきたブランコの座席に頭を強く打ち付けるなどして、くも膜下血腫で意識不明の重体という事故があった。記事はコチラで。
 実は風鈴制作者もかつてこれとほぼ同じ目に遭って、頭からダックダクと血を流したことがあった。当時、ブランコから飛び降りる遊びが流行っており、それに失敗してブランコの真下に倒れこむように着地した風鈴制作者は後ろからきたブランコ(コンクリート製)に側頭部を強打されたのである。正直、あ、コレ死んだ、と思った。まあそんなことを思いながらも、かすかに身を仰け反らせた覚えがあるので、そのおかげなのか死にはしなかったし、血は顔を濡らすほどに出たものの病院のお世話にもならなかった(これは母親の方針である。今だったら虐待扱いかもしれない)。
 このような危険に対する緊急回避行動はあらゆる動物の本能だ。急に物が飛んでくれば周囲など確認せず回避しようとするし、それが不可能なほどに差し迫っている場合、頭や胴体を守るために腕や足などの生命維持に不必要なものを防御に使う。しかし最近の資料では、幼児〜小学校低学年で転んでも地面に手をつかずに顔面を傷つけてしまうという話がある。そういう怪我で病院を訪れる子供がいるのだという。あるいは立ち幅跳びをやらせると両足で着地できず倒れてしまうのだとか。要するに平衡感覚の急な変動に体が対応しないということなのだろう。猫が子猫であろうともちゃんと着地するように、人間にだって三半規管によって前後上下への加速度を感知して正しい姿勢を認識し、それが大きく崩れた場合、体が対応するようになっている。これは生まれながらの身体的機能と脳に備わったプログラムだ。それができないということは、それだけの筋力がないか、行動の最適化がなされていない=慣れていないということが考えられる。原因は簡単だ。倒れこんだり、転がったり、飛び跳ねたり、飛び降りたりといったやや危険を伴う行動をあまり経験していないからである。


 極度に危険なことをすれば怪我では済まない場合もある。それは当然だ。しかし小さな危険も全て排除することは、大きな危険への対処を難しくする結果となる。(※例として風鈴制作者の経験を挙げてはいるが、アレは多分に運が良かったという解釈が一般的だと思われる)