『猫を被っているのか、それとも被っているのは犬か』
こどもだってうまいんだもん♪(挨拶@ミルクセーキは意味深過ぎる)
朝のうちは曇り時々晴れだったが、徐々に天候は悪化し昼過ぎには雨に。夕方までは一時的に止んだりもしていたが、それ以後は遠雷混じりの強めの雨に。気温は低く、涼しい。
世を忍ぶ仮の姿とでも言おうか、本当はもっと活動的なのだが人目を気にして大人しくしていることを“猫と被る”と表現する。猫は人に懐いているときと、激しく攻撃的になるときの二面性があるためにこういう言葉が生まれたのだと思うが、ならば被るのは犬である人もいると思う。本当はもっと甘えて遊んでもらいたいのだが、キチンと躾けられた大人しい犬のように、我慢して特にやりたくもない仕事や勉強に勤しんでいる人は多いだろう。それに根がひたすら他人に甘えたいということを露呈すると軽く見られたりウザがられたりと不都合もある。そういう部分を隠している人は、猫ではなく、犬を被っていると言えないだろうか。
いや、要は根が排他的で攻撃的なのか、恭順的で従順的なのかということなんだけど…。