風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(4年目その26)

『“神様”的立場でいられるのは圧倒的優位に立っているからに他ならない』


 ゆで理論というのがありまして…。(挨拶)


 晴れ時々曇りで、少々暑し。昨日から喉の調子がおかしい。少し咳が出る以外は異常はないが、明日は朝早くから出かける予定なので、回復を祈って21時には就寝予定。
 去年の7月に商取引のことについて書いたが、あの時は需要と供給がつりあっている場合について書いたので、今日はその均衡が大きく傾いている場合について書く。
 需要が供給を大きく上回る場合、当然、供給側はすぐに値を吊り上げ、より一層の儲けを出そうとする。しかしその逆で、供給が需要を大きく上回った場合、需要側がすぐに安く買い叩くかと言えば、必ずしもそうではない。何故なら供給する側は常に組織で動いており、状況を把握(場合によっては操作)することに長けているからである。対して、需要側は基本的に供給側から提示される数字を見るしかないため、情報を得る上で、需要側がやや不利であることは否めない。こういった傾向は需要側が組織立っておらず、個人に近ければ近いほどに強くなる。amazonなどで他方面で普通に在庫のある商品を、高値で売るような表示をしていることがあるのがよい例と言えるだろう。


 だが逆に需要側が圧倒的に優位に立てる場合がある。飲食業や娯楽施設などでは、よほど立地的に独占状態でもない限り、需要側である客の方が優位となる。何故なら、それはあってもなくてもどちらでもよい供給だからだ。あれば便利だし、金銭的余裕があればお金を落としてもいいが、特にそうする義理もない。そういった状況がお客様=神様という勘違いを生んだのだろう。