風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その299+365+347)

『謂れのないことで怒る理由はどこにもない』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 シューティングゲーム脳年齢22歳だってさ。(挨拶)


 綺麗に晴れ渡ったものの、とても冷たい風が吹いた。体感的には昨日とさほど変わらない寒さ。
 謂れのないこととは、つまりは自分とは無関係のことである。そんなことをいくら声を荒げて言われようと、腹を立てることはないはずなのだが、しかし一般にそうではない人は多いようだ。
 多分、謂れがないと主張しているものの本心では関連性を認めており、図星を突かれた反発心から腹を立てているか、または怒られること自体が癇に障るから苛立っているかのどちらかであろう。本当に関係なければそれを言っている人間が道化を演じているだけだ。そこに腹を立てる謂れはない。


 叱責というものは必要な情報だけを受け取り、後は右から左で問題ない。これを不真面目な態度と受け取る人は多いのかもしれないが、怒りながら叱責している人間のほとんどは関係ないことや的外れなことばかり喋っている。ある意味で、スルーすることも思いやりではあるまいか。