風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その256+365+347)

もうイギリス人はグレン団ってことで

『恐怖は未知から訪れる』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 止めて止めて、ルイズ止めて! 止めて止めて、グレン団旗止めて!(挨拶)


 晴れと曇りのハーフ。気温も少し高めだった。
 恐怖というと危険に遭遇したときに感じるものだとされているが、本来はそうではなく、あくまでも未知に対して感じるものだ。生来、動物というものは命を脅かすような危険からは即座に逃走するようにできている。そこに恐怖というプロセスを差し挟む余地はない。そういう余地があるのはいまだ見聞きしたことのない未知の存在に対してである。
 ペットを飼ったことのある人間なら分かるだろうが、幼い動物は初めて見るモノに対して、実におどおどとしながら対応する。しかしそれが危ないものではないと理解すると、一転して大胆な扱いに転ずるものだ。これは人間の子供も変わらないだろう。


 では何故、人間が、危険に遭遇する→恐怖を感じる、という構図を生み出したのかといえば、それは人間は好奇心ゆえに、危険に際して即座に逃げない動物だからである。そういう意思力を持った生き物なのだ。