風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その195+365+347)

『理論を隠し、理念を秘めて、ネタと萌えで読ませる、って感じ?』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 昨夜あったことをありのままに話すぜ。…“ボクシングの試合を観ていたと思ったら、いつの間にかレスリングの試合を観ていた”。なんのこ(以下略)。(挨拶)


 曇り。可も無く不可も無い気候。蚊も鳴く鱶も無く。…言ってみただけ。
 『不気味で素朴な囲われた世界』読了。取りあえず、くろね子さん、愛してる。
 いろいろと言いたいことはあるが、まずは、旧来のミステリファンには受け入れられないだろうな、ということ。そして一般的感性しか持ち合わせない人には理解できないであろうな、ということか。まあもとより正統派のミステリ作家ではないのだろうし、一般論しか書かれていない小説など駄作だろうけど。
 作品内でもたびたび出てくるのだが、これがミステリ小説ならば、という台詞が全てを物語っている。実際にいそうな人間なのだ、主人公が。こういう一見無意味な作為を行っている人間や、そして“どちらでもよい”と思っている人間はそこそこ存在すると思う。そういった部分を狙って書かれた作品だと思うが、さて、どのくらいの人間が弔士くんを許容できるだろうか…。ちょっと未知数だ。


 ところで弔士くんがやったことって、琥珀さん的完全犯罪だよね。


不気味で素朴な囲われた世界 (講談社ノベルス)

不気味で素朴な囲われた世界 (講談社ノベルス)