風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その324+347)

『モラルがなくとも必ずしも嫌われるわけではないが、品性のない人間は確実に嫌われる』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 チャドは「チャドの霊圧が消えた!?」と言われるためにいるのでしょうか?(挨拶)


 昨晩から雨。気温も低く、やや寒かった。しかし冷たい雨も15時前にはピタリと止み、晴れ間が見られた。
 冠婚葬祭などで多くの人が集まると、必ずひとりふたりはいるのが、品のない人である。ここで言う“品”とは、別にマナーを心得ているとか、他人を不快にしないような心配りができるとか、そういうことではなく、もっと単純で簡単なことだ。それは、場を乱さないよう意識して行動できる、ということだ。
 他人を不快にしない、ということに似ているように思うかもしれないが、このふたつは同じではない。場を乱さない、とは、簡単に言うと“でしゃばらない”ということだ。自分の分や役割を知り、身の程をわきまえる。それが品があるということだ。


 これができなければ、まず間違いなく嫌われる。しかしそれを顔や態度に出して露骨に非難する人はあまりいない。通常、社会人と呼ばれる人は品性を身に付けているからである。社会人は社会人を叱責したりはしない。何故なら、相手と自分が対等だからだ。自らの品のなさは、自らが気付いて修正するしかないのである。