風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その315+347)

『安全というものを追求するなら、やはりあまり動かないようにするしかない』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 全ては意識の問題。(挨拶)


 日中は晴れ。だいたい昨日と同じような天気だが、昼過ぎに確認した天気図からすれば、夜は雨になるだろう。ついでにまた南高北低になりつつあるので、明日はまた非常に暖かになると思われる。
 ニューヨーク州議会で事故防止のため、携帯型デジタル音楽再生機や携帯電話、情報端末、ゲーム機などの道路横断中の使用を禁じる法案が提出される見込みらしい(もうされたのかもしれない)。記事はコチラ
 …なんというか携帯ゲーム機はともかく、音楽プレーヤなどどうやって使用していないことを示すのだろう?ヘッドホンを耳からいちいち外すのだろうか?
 風鈴製作者も外を歩いているときには常時音楽を聴いていて、しかもそういう習慣になってから7年ほどになるが、それが原因で危険な目にあったことはない。横断歩道でも必ず左折してくる車両がないか確認するし、自転車にすら気を配る。多くの車両が走行する都会に住んでいればその程度に意識を割くのは当たり前だと思う。なにしろ乗用車にしろバイクにしろ自転車にしろ、充分に人を殺傷できる凶器だ。怪我をしたくなければ自分の身を自分で守るのは当然だろう。
 そんな程度のことをいちいち法令化しようとするのは住民の自己管理意識レベルを侮っている証拠だろう。つまりニューヨーク州の大都市圏に住む人間は、この法案を提出した人間に侮られているということである。


 ところで個人的に思っていることだが、この国で交通安全の新たな法令を作るのならば、自転車に関するものだ。正直、免許制にして、罰則も厳しくしてもよいのではないかと考えている。あまりに運転の下手さが目立つし、そもそも、道路標識の意味を知らなくても運転してよい、という現状が異常だからだ。