風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その283+347)

『失われないと思い込んでいるものほど、あっさり失われる。命もその例外ではない』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 馬鹿のドミノ倒しか…。(挨拶)


 快晴。とても暖かく、日中は窓を全開にしていても寒くないほどだった。
 この3日間の天候は、去年の年末に妙に気温が上昇したときに、気候、気圧配置共によく似ている。あの時も太平洋上では船舶が座礁していたが、今回もまた同じようなことが起こっている模様。また降雪に伴う倒木により送電線が断線、山形新幹線が一時運休するなど、交通機関にも大きな影響が出たようだ。
 ここでそういった一種の気象対策に関する不手際を指摘するつもりはない。座礁した船舶にしろ、交通機関にしろ、そう易々と予定を変えたり、全てを完全管理したりすることはまだできないからだ。
 しかし山での遭難に関しては、愚かの一言を禁じえない。長野県で計9人が遭難したらしいが、何故吹雪いているような場所で、平気で遊んでいるのか、まったく理解できない。吹雪になるなんて知りませんでした、などとは言わせない。携帯電話で助けを呼べるのだから、天候情報はどこにいても手に入ったはずなのだ。


 一度酷い目にあわなければ分からない、とはよく聞く言葉だが、それは想像力の足りない馬鹿だからである。別に自分の命をどう扱って、どう死のうと自由だが、それならそれで助けなど呼ぶべきではない。勝手に死ぬといい。それがイヤなら、ちゃんと頭を使って、危険な行為を避ける努力をすべきだろう。