風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その119+347)

『異常な教育を受けた人間が、自分の子供に同じことをする可能性は、他の場合に比べかなり高い。当たり前のことだが』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 ???…こんな判例、作っちゃっていいのか?控訴するんかな?(挨拶@DQN裁判


 終日、曇り。気温も湿度も、昨日とほぼ同じ。よし、明日こそエアコン!(しかし予報は雨)
 理不尽のはるかナナメ上をいく、キティガイな要求を平然とする人間は多いものだ。何日か前に、産経新聞の記事で、教育機関に対する理不尽な親の要望について書かれていたのだが、その中でも、ウチの娘は箱入りにしたいので、よその子供とはけしてケンカをさせない誓約書を書いてくれ、というのは圧巻だった(ここまでくると、ある意味、悪漢だ)。
 いろいろと馬鹿げた発言を見ていると、その内容の多くに、責任転嫁と無自覚な悪意が見て取れる。自分が常識から外れたことを言っている、ということ自体に気付いていない(自身の悪性から目を背けている)ように思えるのだが、どうだろうか?


 同級生で問題児のレッテルを貼られている男の子(風鈴製作者は、言うほど問題でもないと思っていたけど)がいたが、彼のご両親は、頻繁に学校に呼び出されては、一応、担任に頭は下げるものの、結局いろいろと学校生活での注文をつけていた。ついでに、目の前でよその子供(風鈴製作者も含む)をしきりに誉め、それを引き合いに彼を叱る、ということまでしていたのだが……、さて――――彼が問題児になったのは誰のせいでしょーねぇ?