風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その22+347)

『休養も過ぎれば毒となる』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 知らないの?主人は使用人に尽くすものなのだよ。(挨拶)


 昨日と同じような天気。ここのところ天気が安定してきたように思う。季節が完全に切り替わったということだろうか?
 自宅の周囲の落葉植物が一斉に葉を広げている。玄関先に小さなサンショウの木があるのだが、これがまた日を追う毎に目に見えて変化しているのが凄い。気味が悪いほどだ。
 それはさておき…、ミカン/カラタチ/サンショウはアゲハ蝶が卵を産み付ける。葉が幼虫の食料だからだ。風鈴製作者が子供の頃は、近所にそれらの木が何本もあり、頻繁にそれについている幼虫をとってきて育てていた。だいたい50匹くらいは成虫にしただろうか(…確か3匹は死なせてしまったが)。とにかくそういう行為が大好きで、他にも多種多様な生物を飼っていたのだ。
 しかしどうも最近は大人が極端に昆虫を毛嫌いしているのか、昔と比べると殺虫駆除剤を使ったりしてあらかじめ虫がつかないようにしているらしく、近所の木々を探しても見つけ辛くなったように思うし、そしてなにより飛んでいる昆虫は確実に減った。昆虫採集などできる環境ではなくなったのは確かだ。


 昆虫は買うものだ、という風潮は風鈴製作者が子供の頃からあった。確かにデパートで買ってきたところで虫は虫だ。別に構わない。子供は子供で喜ぶだろうし、親は親で(子の要望を叶えたという)一定の満足感に浸れるだろう。――――歪んだ満足感だと風鈴製作者は信じるが。