風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その2+347)

『異常な犯罪を見て、何故なのか?、と思うのは、自分はそういったことをしない健全さを持った人間だ、と認識するための確認行為だ』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 僕の名前は風鈴製作者。全てを覆す人間の意志。(挨拶@そうだったら面白い)


 朝からほどよく晴れていたが、夕方から雨模様。…どんな模様だろうか?画面いっぱいに縦線が書かれている模様だろうか?それとも水滴が地面に落ちたときのまだら模様だろうか?
 報道番組は嬉々として(そうとしか思えない)神奈川県川崎の事件(15階から9歳児を投げ落とした事件)を報じている。正直その内容はどうでもいい。事件自体は風鈴製作者とは無関係のことだ。あえてこの事件に関してどう思うかを言うなら、わからない、としか言えない。だって何も知らないし。
 ただ、少し気にかかったのは、夕方の番組で犯罪心理を専攻している大学教授が犯人の心理についてプロファイルしていたこと。彼は基本的に当たり前のことしか言っていなかった。それがつまらない、というわけではない。この教授もいい迷惑だろうな、と思ったのだ。何故なら、彼が収録中、何を言おうと局側の思い描く通りに編集されてしまうのだ。例えば、どんなに詳しく専門知識を用いて解説しようと、そのほとんどがカットされる。これほど馬鹿らしいこともないだろう。


 多分、彼もそのことを解っているから、当たり障りのないことしか口にしない。依頼主の求めているものを効率的に提供する。ある意味、いい仕事をしていると言えるだろう。