風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その261)

『無駄はあってもなくてもいいものだが、あればあるでそれに価値を見出すことも出来る』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 あ、そういえばまだ初詣に行ってない…。(挨拶)


 人ごみが嫌いなので、いつも正月中は行かないんですよね…。それにゆっくり行ったって、ご利益が減るほどチンケな神様でもないでしょうよ……多分。
 それはそうと、振袖というものがあります。あの初詣とか、成人式とかで女性が着ているやつです。アレって世界一機能的ではない服だと思いません?
 もちろんウェディングドレスや王侯が着ているようなとてつもなく豪奢なものは除いて、ですが、一般的に誰でも着用するようなものの中では随一ではないかと。そもそもアレは少し激しい動きをしてしまうと、あっという間に着崩れてしまうと聞きます。パーティードレスでも走るくらいしたところで問題は起こりそうもありません(そもそもドレスって着崩れることがあるのだろうか?)。
 最低でも膝くらいまである長い袂といい、振袖は明らかに機能的無駄が多いです。昔の日本人は着物の裏地や、家の天井付近など普段あまり見えないところに拘りを持っていたようですから、もしかするとそういう無駄なことを好む民族性があるのかもしれません。


 …明らかに使わなそうなものを、とりあえず取っておくのと同じ心理だろうか?(違う)