風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その41)

『自らの常識範疇外には、世界は存在しない――――そんなわけは無い』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 一人の人間を監禁し、意のままに扱う。
 これを異常だと、おかしいことだと思う人はかなり多いことだろう。
 しかしこの地球上には、国単位でそれを現在進行形で行っている人間がいる。いわゆる独裁者だ。
 もちろん前者も後者も、悪いこと、やってはいけないこと、よくないこと、とされる行いだ。少なくとも、日本や、同様の価値観を持つ国では。
 しかしここで重要なことは、それを是、とする人々も存在するということだ。それだけは知っておくべきであり、また認めなくてはいけない。それが出来ない人間はただの独善者だ。
 この世界には独裁者どころか、一人の人間を犠牲にし、その他全員の安全・安寧を保とうとする、生贄まがいの風習すらいまだ根強く残っているのが現実だ。
 どんなに科学的に間違っていて、人権論的に非道な行いであろうとも、当人たちにとっては、合理的で、正しい行いなのだ。それを頭ごなしに、あるワケない、とか、間違っている、と言ってしまうのは、争いの火種にしかならないと、風鈴製作者は思う。