風鈴製作者 空、その底辺でボソリ…(その168)

『誤っているということを気付かぬ人に、それを指摘することは不毛だ』


 ※この日記は、風鈴製作者のそのときの気分によって内容が激変する可能性を孕んでいます。多趣味的人格(多重人格性とも言う)を認めない人にはきっと耐えられません。あしからず。


 自分で気付くしかないということの根拠ですね。
 理詰めで説くという手法なら言い聞かせられるのではないか、と思うかもしれませんが、多くの場合、相手もそれなりの理屈をもって結論を導き出しているのです。その誤った理屈自体を指摘するのは別問題ですね。
 またその理屈を生み出す常識に相違があれば、その指摘もまた不毛なものとなります。結局繰り返しなのです。


 ――――なんでこんなこと日記に書いているのかと激しく自問するのですが、それこそが最大の不毛、ということで。